松坡文庫研究会 - 逗子開成ニュース

松坡文庫研究会の活動  田辺先生の素顔

2019/08/21

雑誌等に掲載された松坡田辺新之助関係の記事を集めています。『漢詩春秋』という月刊雑誌を十数冊手に入れました。同誌はジャーナリストで漢詩人であった上村売剣(才六 1866~1946)が主宰する「声教社」が大正6(1917)年から刊行したもので、松坡は売剣の古くからの詩友でもあったことから、詩や評論を寄稿しています。投稿詩の撰者も務めていました。

『漢詩春秋』.JPG

『漢詩春秋』

同誌昭和6(1931)年2月号には「辛未新年」と題された七言律詩二首が掲載されています。一首の冒頭には、

天使吾儕免凍飢

天は吾儕をして凍飢を免らしめ

長生七十未爲奇

長生七十 未だ奇と為さず

と自らの古稀を寿いでいます。また、その二首には、

眷属今茲一口加

眷属今茲に一口加わり

不歎萍迹尚天涯

萍迹を歎かず 尚お天涯

常欣偕老雙無恙

常に 偕に老い恙なきを欣び

已見三兒各作家

已に 三児おのおの家を作すを見る

とあります。ブラジルに移住した三男の定(さだむ)が前年に結婚し、家族が一人増えたことを喜びつつも、遠く異郷にいる子を思っています。「萍迹」は浮草の跡を意味し、あちこちさまよって一定の所に住まないことのたとえです。定は逗子開成中学校卒業後、志願兵となり、その後(昭和2年)にブラジルに移住しました。明治16年に結婚した鍈との生活も50年近くに及び、偕に老いつつがなく過ごしています。三人の男児(長男元、二男至、三男定)はそれぞれ独立し、古来稀なりという年齢を迎えて、家族の幸せを喜んでいます。

 また、同年8月号では、鎌倉で松坡が主宰していた漢詩会「松社」による松坡の古稀祝宴(於江の島讃州樓)の様子が詳しく報告されています。松社同人が一同に会し、長年にわたる松坡の功績(教育者、漢詩人)を讃えています。同人による寿詩も多く掲載されています。

雑誌のこうした記事から、松坡田辺新之助先生の素顔を垣間見ることができます。松坡研究に温かみを添えるものです。

ともすると忘れ去られてしまうような資料(史料)の中に重要な記録が残されており、そうした歴史資料を保存し、未来に継承していくことの大切さを再認識しました。

辛未新年.jpg

松坡の「辛未新年」詩二首

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松坡文庫研究会の活動  詩人松坡の足跡

2019/07/11

松坡文庫研究会が発足して一年が経ちました。

本会では田辺松坡(新之助)が雑誌等に寄せた文章や漢詩を収集し、漢詩人松坡の足跡を丁寧に辿る作業を続けています。

 隨鷗吟社の月刊誌『隨鷗集』第95編(大正元年10月5日)には、松坡関連の記事が幾つか掲載されています。

 一つは松江「剪淞吟社」の横山耐雪の寄稿で、同年7月中旬(大正改元直前)に大江卓と松坡が松江を訪れ歓待された様子が詳しく紹介されています。大江卓(1847~1921)は明治の政治家・実業家で、漢詩もよくしました。明治初年に神奈川県令を務めたことでも知られています。二人は京都・舞鶴を経て松江に入り、松江の名所を訪ね、出雲大社にも詣でました。

 もう一つは、「山陰游草」と題された松坡の詩25首。鎌倉から松江、更に帰途の随所随所で詠んだ詩が掲載されています。大江卓とともに剪淞吟社の酒宴に招かれた折に詠んだ詩には、宍道湖を渡る

心地よい風に当たりながらの夏の宵の酒席の様子が描かれています。

 また、「哭三千女」と題された一篇の詩も掲載されていました。前年石井氏に嫁し、大正元年8月11日に乳児を遺したまま19歳の若さで亡くなった次女を悼んでの詩です。

 泣抱遺孫奈老親

(泣きて遺孫を抱き 老親いかんせん)

 由來薄命可憐身

(由来薄命 憐れむべき身)

 三千世界傷心日

(三千世界 傷心の日)

 二十年時瞥眼春

(二十年の時 春を瞥眼す)

 源氏山松生夕籟

(源氏山 松に夕籟生じ)

 尼將軍墓結幽鄰

(尼将軍 墓を幽鄰に結ぶ)

 不堪梧葉先秋落

(堪えず 梧の葉先ず秋に落つ)

 夢寐猶疑事未眞

(夢寐になお 事未だ真ならずと疑う)

詩に詠まれている通り、三千は寿福寺に葬られ、後に田辺松坡夫婦の墓もその隣に建てられました。

『隨鷗集』の記事.JPG

『隨鷗集』所載の「山陰游草」

寿福寺墓所.JPG
向かって右が田辺新之助・鍈の墓、左が石井三千の墓
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松坡文庫研究会の活動 新史料

2019/05/08

松坡文庫研究会の活動報告を、代表の袴田潤一元校長よりいただいたので紹介いたします。


松坡文庫研究会の活動の一つに資料(史料)収集がありますが、このたび、『校友會襍志』第参號を入手しました。明治44(1911)年12月に逗子開成中学校校友會が発行したものです。これまで、学園には大正期の『修養會誌』が何冊かあったものの、明治期に遡る校内刊行物はなく、今回手に入れた冊子は、当時の学校の様子を具体的に知ることができる大変貴重なものです。

 明治44(1911)年といえば、七里ヶ浜沖でのボート遭難事故から一年後で、『校友會襍志』にも「遭難生徒一週年忌祭」の記事が掲載されています。

 「今日 一月二十三日、吾等の母校を想ふ時、また忘る可らざるの日として、吾人の腦裡に印せざるべからず。」

と始まる報告が記されています。

 一週年忌祭は逗子延命寺で、職員・生徒・遺族・田越村役場員・小学校生徒列席のもと午後2時より挙行され、読経に続いて、田邊新之助校長、宇高兵作先生(教頭)、生徒総代神倉佐安、田越村長桐ケ谷新助の祭文朗読があり、一同の焼香が続きました。亡くなった松尾寛之君の遺族の訓示演説もありました。

 記事には漢詩人田辺松坡の詩も掲載されています。

波間誰復網珊瑚

當日懷沙事已夫

殘雪梅花延命寺

焚香祭十二生徒

   一週年忌祭遭難生徒  田邊松坡

『校友會襍志』第参號.jpg

『校友會襍志』第参號 表紙
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松坡文庫研究会の活動  資料収集、松坡文庫の整理も進む

2019/03/14

松坡文庫研究会の活動報告を、代表の袴田潤一元校長よりいただいたので紹介いたします。


昨年夏に発足した松坡文庫研究会ですが、その活動は順調に進んでいます。基本的には月一回の会合を持ち、資料収集の報告・活動内容の確認・松坡文庫の整理を行っています。

昨年秋には、開成祭で田辺松坡(田辺新之助先生)に関するミニ展示を行い、鎌倉市中央図書館を中心としたファンタスティック☆ライブラリー107の催しの一つとして、鎌倉市内の松坡にゆかりの史跡をめぐるフィールドワークも実施しました。

 タウンニュースにも取り上げられ、ケーブルテレビでフィールドワークの模様が放映されるなど、少しずつその活動が知られるようになり、問い合わせも増えてきました。

それとともに、田辺先生の業績が広く知られるようになることを願っています。

 田辺先生について調べを進めていくにつれ、漢詩人としての田辺先生の業績の大きさに驚かずにはいられません。今日では「漢詩」が私たちの生活から全くと言っていいほど失われてしまったので、田辺先生に対する認識もなくなっているのでしょうが、著書・編著書を読むと、明治・大正・昭和にかけて、日本漢詩界で重要や位置にあったことがわかります。明治34(1901)年に刊行された『明十家詩選』(5冊)では、序を寄せている依田学海(少年時代の森鷗外の漢文の師)がその仕事を高く評価しており、その翌年刊行された『明治二百五十家絶句』に松坡の詩十首が収録されています。大正に入ると新聞の詩壇の撰者も務めました。

 研究会としては田辺先生の漢詩を読むことを始めました。会員に漢文の専門家はおりませんが、素人なりに漢和辞典等と首っ引きで、会合ごとに一首を講読しています。

 今後の活動としては、現在の活動を継続しつつ、秋のファンタスティック☆ライブラリーへの参加を考えています。

田辺松坡関連資料.JPG

新たに収集された田辺新之助関連資料
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「松坡文庫研究会」発足 本校元校長 袴田潤一先生が代表に

2018/07/21

鎌倉市中央図書館の重要な蔵書に「松坡文庫」があります。

「松坡(しょうは)」は本校創立者である田辺新之助先生(1862~1944)の号で、田辺先生は優れた教育者であり、また、

「一度筆をとれば連珠の章たちどころになる、其の創作する所極めて多く皆金玉の譽あり」

と評された優れた漢詩人・漢学者でした。

先生の没後、戦後になって遺族によって漢籍を中心とする膨大な蔵書が鎌倉市図書館に寄贈されました。いまだに整理作業が続けられており、約6,000冊にも及ぶ文庫の全貌は把握されるに至っておりません。

2016年末頃より鎌倉市中央図書館を中心に「松坡文庫」への関心が高まり、2017年度には同館で4回にわたる勉強会が開かれました。

講師を務めたのは同館の中田孝信氏、鎌倉女学院元校長の斎藤俊英先生、 湘南の別荘研究家で「鎌倉の別荘地時代研究会」の島本千也先生、それに本校元校長の袴田潤一先生でした。

そうした動きの中で、この度、「松坡文庫研究会」が発足しました。

発起人は、図書館とともだち・鎌倉、鎌倉同人会、鎌倉を愛する会の有志ら5名で、

事務局は鎌倉中央図書館に置かれ、同館近代史資料担当者が事務担当となります。

代表は袴田潤一先生が務めることになりました。

松坡文庫研究会の活動は、

  1.松坡文庫の全容把握(寄贈書籍の整理)

  2.田辺新之助その人に関する研究

  3.上記1.2.の公表

を目的としています。

 「松坡文庫研究会」の活動が「松坡文庫」の全体を明らかにし、また、田辺先生の業績を正しく評価することにつながることを期待しています。

晩年の田邊新之助先生.jpg

晩年の田辺新之助先生
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