学校生活
池本幸生先生講演会
11月9日土曜日に、「貧困問題は、『解決』できるのか?」と題しまして、東京大学名誉教授で、アマルティア・センのケイパビリティ・アプローチの有効性を示す研究をしている池本幸生先生にご講演いただきました。
講演は、終始、本校生徒と対話をしながら進行していきました。
“A sound mind in a sound body(健全な魂は、健全な肉体に宿る)”というが、肉体が健全でなければ、魂は健全ではないのでしょうか?
「働かざる者、食うべからず」というが、働かない人(もしくは働けない人)は食べてはいけないのでしょうか?働いても食べていけない人はどうしたらよいのでしょうか?
中学生でも知っている言葉から疑問を投げかけ、「働く」という行為について考えます。そして、聖書の時代から現代まで、歴史的にどのように解釈されていったのかを追っていきます。その中で、働けない人、働いても食べていけない人の存在に気付きます。
私たちは、正義よりも、不快に感じる不正義に敏感です。アマルティア・センが『正義のアイデア』の中で示したように、私たちは目の前にあるこうした不正義を1つ1つ取り除き、正義を実現していかなければなりません。
ところで、そもそもJustice(正義)とは、何なのでしょうか
語義から判断すると、“Justice”の“Just”は、「ちょうどいい」という意味を持ちます。文脈的に「みんなにとって、ちょうどいい」ということになるでしょうか。
ロールズという哲学者は、“Justice as Fairness(公正としての正義)”を説きました。
彼は、公正な機会が与えられること、最も不利益を被る人に最大の利益が与えられるようにすることによって、正義が実現すると考えました。
それでは、「公正」で、「ちょうどいい」ラインはどこなのでしょうか?
例えば、価格は需要と供給の重なり合うところで決定します。これは、公正でしょうか?
それでは、深夜のテレビショッピングは?100円ショップは?
2000年頃に起こったコーヒー危機は、過剰供給によって、コーヒーの価格の暴落を引き起こしました。その安価なコーヒーを購入することは、公正といえるのでしょうか?
池本先生は、コーヒー危機が起こった時に、ベトナムにいました。そこで、借金などに苦しむ人々の姿を見てきました。消費者目線でみると、コーヒー価格が下がれば嬉しいかもしれませんが・・・その状態は、果たして公正といえるのでしょうか?それは、生産者・消費者双方にとって“Just”といえるのでしょうか?
生産者のために、フェアトレードコーヒーを買ったとしましょう。それで、生産者の所得さえ増えればよいのでしょうか。所得が増えれば、彼らは夢や生きがいを持てるのでしょうか。きっと、そうなることはありません。
フェアトレードコーヒーの生産者の人々は、どのような生活をしているのでしょうか。フェアトレードコーヒーを売ることで、生産者の生活はどのように変わるのでしょうか。そうしたことに思いを馳せること、できれば自分の目で現場をしっかりと見て、感じ取ってくること。そして、
感じた不正義を、1つ1つ取り除いていく。こうした『正義のアイデア』を実践していくことが大切なのではないでしょうか。
全体としては以上のような内容の講義でした。
今回、中学1年生から高校2年生までの生徒が集まっていました。この知識や経験にかなり差はありますが、それでもみんなが理解できるように、非常に丁寧に講演をしていただきました。
池本先生の問いかけに対し、生徒たちがじっくり考え、懸命に発言している様子がとても印象的でした。
※図書館に、池本先生の2冊の著作を寄贈していただきました。ありがとうございました!
アマルティア・セン(著)『不平等の再検討:潜在能力と自由』 池本幸生他訳 岩波現代文庫 2018年
Jose.川島良彰, 池本 幸生, 山下 加夏 (著)『コーヒーで読み解くSDGs』 ポプラ社 2021年
以下は、生徒の感想の一部です。
<生徒の感想>
・僕がこの話を聞いて心に残ったことは、先生がおっしゃっていた「他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはできない」という言葉だ。例えば、ただ安いと宣伝し続けるだけではなく、生産者の気持ちや、その人の生活様式、今の状況などそういうことを考える必要性があるということがわかった。また、質問の時に、貧困はなくすことは可能かという問いに対して、先生と同じようになくせないと思う。何故なら、一回貧しい生活になったら連鎖していくからだと思う。それなら原因について、現地に行ってみたいと感じた。はじめは貧困について世界のことだから関係ないと思ったが、貧困について興味を持てた。フェアトレード品も買おうとも思えた。素晴らしい講演、ありがとうございました。
・とても学びが深まった講演会だったと思う。Fair tradeのフェアって何か、そして正義とは何
か。ひとつひとつの考えることがとても大きくて、すごく参考になった。これを通して学んだことを行動にうつしたいと思った。
・正義とは、人間の奥の本能に沿ったことだと思う。100円ショップはやはりおかしいと思う。欲求ピラミッド(※マズローの欲求5段階説)の上の2つは、自分も実現できていない気がする。貧困に苦しむ人々を救うということは、金銭の面だけではないということがわかった。また、貧困のような難しい問題になると、正義とは、といったような人間の本質に触れる問いも出てくることが分かった。
・正義というあいまいなことについて考えさせられた。正義が何かといわれると、大ざっぱにはわかるのだが、具体的にどのようなものかわからなかった。だが、この講義のおかげで、少しわかったと思う。
・「働かざる者食うべからず」という言葉に対して、働けない人や働いても食べることができない人はどうなるのかということに、生活に多くの余裕がある人が、少しの援助をしたらよいと考えたが、それでは援助をしている人が不満を感じてしまう、とも考えた。人は、正義についてはあまりわからないが、不正義に関しては感じることができる、ということが理解しやすかった。講演を通して、フェアトレードの商品を買っても生産者は、幸せになれるのか、正義とは何なのかということを考えることができて、非常に良い経験だと感じた。
・自分たちは、衣食住不自由なく暮らせているが、その裏には発展途上国で生活に苦しんでいる生産者の存在があり、自分たちはそのことを常に頭に入れておくことが大事だ。しかし、それだけではなく、自分たちも貧困問題の事について調べ、実際に現地に行ってみる、またそれはできなくても実際に行動を起こすことが必要だ。
・今までは開成祭で行われているフェアトレードの商品のコーヒーやチョコレートを買って母に食べてもらっていたのですが、実際に買って作っている人が作っている前よりも暮らしがよくなった実感はありませんでした。ですが、池本先生の講演をきいて、業者の人にきいたり、実際に自分の足で運んで見に行こうと思いました。今回のご講演、ありがとうござました。
・貧困問題は、解決できなかったとしても。生産者の人を含むすべての人々が、平等に生活できることは大事だと思いました。また、行動に移すことが大事という話もあったので、直接貧困問題につながらなくても貢献できるように、身近なニュースからでも、考えていきたいと思いました。
・正義が保たれていることは、人々の生活をよりよくしていくことに必要で、そのためにも物質的な支援とそれ以外の支援両方が必要なのかなと感じた。
・働いていない人の中でも、色々な人がいるから、一概にはいえない。不正義が好きな人がいるのは何でだろう。(いじめっこなど)正義は必ずなせるものではない。貧困問題はやっぱり一筋縄ではいかない難しい問題なのだと再認識した。
・貧困問題は、お金だけの問題ではないということに気付かされた。確かに、自信がなければ働けないなと思った。