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【松坡文庫研究会】 箱根温泉村新道碑

松坡文庫研究会

【松坡文庫研究会】 箱根温泉村新道碑

【松坡文庫研究会】 箱根温泉村新道碑

9月1日防災の日にちなんで、松坡文庫研究会の袴田潤一先生よりご寄稿いただきました。

 

【松坡文庫研究会の活動】 箱根温泉村新道碑

9月1日は防災の日です。「広く国民が台風、高潮、津波、地震等の災害についての認識を深め、これに対処する心構えを準備する」ことを目的に、1960(昭和35)年に制定されました。99年前の9月1日に起きた関東大地震とそれに伴う災害にちなんでのことは言うまでもありません。

 

箱根の底倉温泉に「箱根温泉村新道碑」と刻まれた碑があります。火山・防災対策に取り組んでいる箱根ジオパークの調査により碑の現状がわかり、国土地理院のホームページでは「自然災害伝承碑」の一つとして紹介されています。『神奈川県における関東大震災の慰霊碑・記念碑・遺構 その2 県西部編』(名古屋大学減災連携研究センター 2015)にも記載があります。関東大地震で大きな被害のあった温泉村周辺の道路の復旧と、地震で崩落した八千代橋に代わって架けられた新たな橋の落成を記念して建てられたものではないかと推察されています。

 

碑は箱根町底倉を流れる蛇骨川(早川の支流)に架けられた八千代橋(現在の八千代橋は震災後の第三代の橋の少し下流)の北詰め西側、川の左岸の崖際にあります。川に向かう面には「箱根温泉村新道碑」と題された七言律詩が刻まれ、「大正十四年八月 松坡居士」とあります。山側の面には「八千代の橋…」と読める句が刻まれていますが、詳細は不明です。碑が崖際にあることと、その地が不動産会社の管理下にあって施錠された柵がめぐらされていることから、現地調査は行なっていません。

箱根底倉に建つ「箱根温泉村新道碑」(箱根ジオパーク提供)

1923(大正12)年9月1日午前11時58分に発生したマグニチュード7.9(推定)の関東大地震が箱根温泉に及ぼした被害は甚大でした。蛇骨川に架かる八千代橋は崩落、周辺の旅館やホテルは、崖崩れにより谷底へ崩落、或は倒壊しました。『箱根温泉史』(箱根温泉旅館協同組合編 1986)によれば、「八千代橋上ヲ疾走中ノ自動車」が橋もろとも「十三丈余ノ渓谷ニ墜落シ運転手ガ即死」するような事故も起きたといいます。旧温泉村では焼失30戸、全壊74戸、半壊121戸、死者24名、行方不明者15名の被害が発生したと記録されています。温泉村では復旧に全力を挙げ、箱根全山の国道が復旧し、祝賀大会が開かれたのが1925(大正14)年7月、八千代橋もその年に落成しました。碑に「新道碑」「大正十四年八月」とあることから、この碑は温泉村の震災からの復興を記念して建てられたのではないかと考えられているのです。

 

さて、碑の撰文(漢詩)が松坡先生によるものであることから、建碑に大きく関わった人物は底倉蔦屋旅館の主人「澤田カズ(金偏+和)義」ではなかったかと推察されます。松坡先生は箱根をこよなく愛し、しばしば足を運びましたが、逗留先は決まって蔦屋旅館で、先生が鎌倉で主宰した松社同人による先生の八十歳の寿筵(1941年3月23日)も蔦屋で開かれています。澤田氏と松坡先生は非常に親しい仲でした。また、澤田氏は旅館の広大は敷地に「高山園」と名付けた林園を営み、箱根の史跡や自然を称える石碑を数多く建てました。それらの幾つかの碑の撰文・題額は松坡先生によるものです。蔦屋旅館は経営者が代わり、高山園も廃絶したので、碑も亡失していますが、『筥嶺徴古帖』(蔦屋高山園1922)によって碑文などを知ることができます。「箱根温泉村新道碑」は蔦屋高山園主澤田氏と松坡先生の協力によって建てられたのでしょう。

 

碑に刻まれた漢詩を紹介しておきます。書き起こしは碑の写真と『鎌倉そして鎌女』(鎌倉女学院1981)所載の碑の拓本を参考にしました。

 

箱根温泉村新道碑

荐役五丁穿地根   役を荐(かさ)ねること五丁 地根を穿つ

御風容易達天門   風を御すること容易にして 天門に達す

澗頭橋影虹蜺架   澗頭の橋影 虹蜺架り

木末輪聲霹靂奔   木末の輪声 霹靂奔る

太閤坐湯留石窟   太閤 湯に坐し 石窟を留め

高山仰止有林園   高山 仰止せば 林園有り

四時景象皆奇絶   四時の景象 皆 奇絶なり

豈啻温泉潤一邨   豈に 啻だ 温泉のみ 一邨を潤さんや

 

 

第1句は復興の苦労、第3句では虹に譬えて新しい橋の落成、第5句は蛇骨川の太閤石風呂の遺構が詠まれ、第6、7句では高山園と箱根の景勝が称えられています。

 

逗子開成中学校・高等学校の校地は逗子海岸に隣接しており、2011年3月11日の東日本大震災を機に津波対策、防災教育・対策に力を入れています。防災の日を機に、自然災害に伴う被害を最小限に止め、自らの命を守ることについて改めて考えてほしいと思います。

 

箱根ジオパーク「火山・防災対策」のページ

https://www.hakone-geopark.jp/kazan-bosai/

国土地理院「自然災害伝承碑」のページ

https://www.gsi.go.jp/bousaichiri/denshouhi.html

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