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校史余滴 第24回「宇高兵作小伝①」

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校史余滴 第24回「宇高兵作小伝①」

校史余滴 第24回「宇高兵作小伝①」

校史余滴 第24回「宇高兵作小伝①」

校史編纂委員会では、昨年より学内に所蔵されている『履歴書綴』という職員名簿録の調査をおこなっています。『履歴書綴』が持つ、その豊かな情報は、過去の校史編纂事業に、基礎情報として大きく貢献してきました。今回の調査では、『履歴書綴』の「史料」としての位置づけを明確にし、さらには逗子開成の明治期~昭和期までの教職員の動向をまとめることを目的としています。写真撮影をおこない、翻刻作業をすすめています。

その調査によって、多様な経歴の教員が、神奈川県南部の逗子の地に集っていたことが分かってきました。社会状況や時代背景と連動していることをうかがえる事例や地域社会との関係掘り起こしにつなげることができそうな事例も把握しつつあります。

さて、その職員名簿の中でも、ひときわ目立つ経歴を持つ教員がいます。その名前は宇高兵作。スタンフォード大学に学んだ経歴をもちます。宇高がアメリカに渡ったのは明治時代でした。 この宇高兵作について研究なさってきた方がいらっしゃいます。兵作のお孫さんにあたる三好彰さんです。

三好さんは、日本英学史学会にてご自身の研究を発表なさってきた一方で、『逗子開成百年史』が2003年に出版される以前の段階から、本校の校史編纂事業に協力してくださってきました。宇高兵作の著書『和英慣用法比較 』(建文館1913)をはじめとする諸資料も寄贈してくださっています。 また、コロナ禍、在校生が宇高兵作に関心を持ち、探究活動をおこなった際にもアドバイスをいただきました。

その三好さんから「宇高兵作小伝」というタイトルの玉稿を預かりました。ご親族だからこそ収集できた資料を存分に活用され、まとめられています(原稿用紙にして約70枚!)。このたび、三好さんのご厚意により、「校史余滴」の企画のなかで、その「宇高兵作小伝」を順次紹介する運びとなりました。宇高兵作の来歴や英語教育に果たした役割やその位置づけについて、十分に明らかになっていない現状では、国内唯一の専論になります。校史編纂委員会としては、今まで明らかにすることができていない歴史的事実の掘り起こしに関わることとなり、この上ない喜びです。

宇高兵作は、49歳という若さで亡くなりました。亡くなった年は1923年10月30日。三好さんは関東大震災による「災害関連死」と言及なさっています。ちなみに、お子さんは逗子開成と鎌倉女学校に通いました。小伝では、兵作歿後のことまでまとめてくださっています。 お時間あります時に、読み手のみなさんそれぞれの人生と比較しながら、「宇高兵作」という一人の人生に寄り添い、「宇高兵作小伝」を通じて、三好さんの調査を追体験してみていただければ幸いです。

「宇高兵作小伝①」 https://note.com/zk_koushi/n/nbbb881fc9aac

「宇高兵作小伝②」近日公開予定

「宇高兵作小伝③」近日公開予定

「宇高兵作小伝④」近日公開予定

「宇高兵作小伝⑤」近日公開予定

*「宇高兵作小伝」引用・転載の際は、以下のように明記してください。「三好彰「宇高兵作小伝」(「note 逗子開成 校史余滴アーカイブ」」)

 

☆『履歴書綴』調査は、神奈川県私立中学高等学校協会 2025年度研究指定校 研究委託「学校所蔵資料をきっかけとする探究活動の試み」研究成果の一部です。