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校史余滴 第二十二回「所宏君のこと」

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校史余滴 第二十二回「所宏君のこと」

校史余滴 第二十二回「所宏君のこと」

松坡文庫研究会の袴田先生から「校史余滴」の原稿を預かりました。今回は、岸田劉生の『劉生日記』からの紹介です。岸田劉生(1891-1929)は、大正時代を中心に活躍した日本を代表する洋画家です。岸田劉生といえば、日本史や美術の教科書に掲載される「麗子像」シリーズを思い出す方もいらっしゃるかもしれません。今回、その岸田劉生の日記に、逗子開成の卒業生を見出してくださいました。お時間あります時に、ぜひお読みください。

                   

初めに登場するのは大正10(1921)年4月22日(金)の条で、薬学校に入ったという横須賀の所宏君が午前中に藤沢鵠沼の劉生の家を訪ねてきたとあります。当日は雨模様の日でしたが、所君は劉生の戸外での写生の邪魔にならないようにわざわざ雨の日を選んだのです。丸善で買い求めた劉生の画集を手に、記念の署名を求め、お礼に「横須賀名物といふ、牛皮にキナコやゴマをつけた一寸風味のいゝ菓子」を劉生に渡しました。絵も持って来て批評を仰いだようですが、劉生は「つまらぬ」と記しています。

この「所宏」君は、大正10年3月に逗子開成中学校を卒業して東京薬学専門学校に入学しています。明治34(1901)年5月28日生まれですから20歳の時でした。絵が好きで自らも描いていましたが、画学生という訳ではありませんでした。父誠一が横須賀で薬種業を営んでいた関係で薬学校に進学したのでしょう。

 

次いで『劉生日記』に所君が登場するのは翌年5月17日(水)条。所君から劉生宛に葉書が届いたとあります。内容は所君(の家)で所蔵している絵画(陳子昂、沈南蘋の大幅など)を売りたいというものです。8日後の5月25日(木)に所君が実物を持参しますが、「陳子昂」(作品の詳細は不詳 真筆ではないと思われますが)について劉生は大変気に入り、所君の兄も交えて値段の交渉に入りました。結局、劉生は「陳子昂」を200円で購入したようです。

 

所君はその後、自作の葵の画を劉生のところに持参して艸土社への出品の相談をしたり(大正11年10月30日)、風景画と少女の肖像画を持参し、春陽会への出品の相談をしています(大正12年4月)。劉生は春陽会への「入選は一寸むづかしさう也」と記しています。5月1日(火)、上野での春陽会の二日目、審査の結果、所君の作品が見事入選したのです。劉生は「所君会場へ来て、入選の発表をみて、喜びのあまり涙をこぼし、余をとらへて興奮しだしたのでやめさせて、逃げる。」と同日の日記に記しています。「(所君の)御父さんが少し病中をおかして今朝会場へ来てゐられた」(5月4日条)ともあります。

 

『劉生日記』、最後に所君が登場するのは、大正12(1923)年9月14日(金)から17日(月)。関東大震災の直後のことです。鵠沼で被災した劉生一家は名古屋に居を移すことを決め、17日に船便で横須賀から清水へ、そこから先は汽車で名古屋に行くことになりました。所家では船便の手配をし、出発前日には劉生一家を自宅に宿泊させたのです。17日の日記には「所君のところで御ひるは雞を煮て下さる。所君とも一所にたべる。大へんおいしかった。」「所君のお母さんの心づくしの御べん当をたべる。」と記されています。

 

劉生にとって所宏君は短期間の交際ではあったものの、思い出に強く残った青年の一人だったのではないでしょうか。横須賀で所君と別れた後、『劉生日記』に所君は登場することはありません。

 

所君のその後はどうだったのでしょう。最上堯雅が編集した『横須賀市育英家名鑑』(相陽時事新聞社1936.3)の「私立三浦中学校(現、三浦学苑高等学校)」の教諭欄にその名を見ることができます。但し、所宏ではなく「所昇」とあります。時期は不明ですが、宏から昇に改名しています。 大正15(1926)年3月に東京薬学専門学校を卒業し、三浦中学校には昭和4(1929)年の同校設立時から勤務しています。担当教科は記されていませんが、化学を教えていたのではないでしょうか。特殊研究として「圖畫科」との記載もあります。

更に、創立四十年記念逗子開成中學校校友會會員名簿(昭和18年4月18日) には「所昇 藥專(藥局開業)」とあります。三浦中学校を退職し(時期不明)、家業を継いだということがわかります。

 

『劉生日記』に記された逗子開成中学校卒業生の一人のことを紹介しました。すべての卒業生一人一人が所君のようにささやかではあるけれどその人なりに「波瀾に富んだ」、喜びや希望・悲しみや挫折・逡巡や決断を繰り返す人生を歩んでいる筈です。人生の様々な節目で、逗子開成で学んだことが何かの役に立ってくれることを願ってやみません。

第1回春陽會美術展覽會目録1ページより