クラブ活動生徒の活躍
被爆ピアノ演奏会・朗読会
12/20土に、本校で「木霊 ~被爆ピアノが語る、あの日のこと~」と題し、被爆ピアノの演奏会・朗読会を開きました。インターアクトクラブの生徒と有志の生徒が集まり、企画・運営を行いました。
題名の「木霊 ~被爆ピアノが語る、あの日のこと~」とは、被爆ピアノの音色と被爆者の声を「こだま」させ、後世へとつないでいこうという意味で、生徒たちが話し合って名付けました。伴奏する曲は、原爆が落とされる前、破壊、その後復興した広島・長崎をイメージし、各自で演奏したい曲を持ち寄りました。証言文は、逗子市の被爆者の方々の証言を場面にわけて朗読し、その時起こった事実や情景を表現しました。「事実」の集合体により、被爆の実相を伝えることに努めました。
当日は、演奏者と朗読者にそれぞれ1名ずつ体調不良者が出てしまいました。演奏者はこの日のために作曲をし、朗読者は最後に証言文ではなく自作の文章を読む役割でした。しかし、生徒たちの機転で、自作の曲は会の始まりでホールに流され、代理の演奏と朗読もすぐに決まりました。中1から高2まで、被爆ピアノへのそれぞれの想いを持ち、年齢など関係なく対等に接し、進めてきたからこそ出来たことだと思います。
また、表舞台に出てきた演奏者や朗読者だけでなく、原爆に関する書籍のpopの作成、受付、展示、舞台照明など、企画全体を支える役割もインターアクトクラブや有志生徒が行いました。
「雨垂れ石を穿つ」。最初の一滴となることを望んでいます。
以下は、生徒・来場者の感想の一部です。
・矢川さんが話していた話の中で、不登校だった小学生や余命宣告をされていた女性が被爆ピアノで奏でられた音楽を聞いたことによって「このピアノは被爆してしまっているのに、まだこんなきれいな音を出すことができているから私もできるはずだ」と活力をもらって登校できるようになったりセカンドオピニオンを受けて数年後も生きることができたということから、被爆ピアノは戦争があったということだけを伝えていくものではなく、人を救ったりできるものなんだと思いました。また、僕は朗読を担当したのですが、朗読する文は実際にあったことなのでどうすれば、その文を書いた人に失礼にならない程度に感情移入ができるかが難しかったです。そして最後の方にあった朗読でも自分の身近な場所(江の島)でも原爆と関わるようなことがあったというのが知りもしていなかったので衝撃的でした。たぶん一人だったら今年が戦後80年だということも知らずに年を越してしまっていたかもしれませんが、このような活動のお陰で今まで知らないようなことを知ることができました。ありがとうございました。(中2・吉田嵩)
・被爆ピアノを2年前に知ってから、まさか学校で弾けるなんて思ってもいなかったので、とても貴重な経験が出来ました。矢川さんが、このピアノを託された時の話しや、多くの人の想いがピアノに込められている話しを聞いて、思っていた以上に胸が熱くなりました。(中1・林優希)
・このピアノの姿を見るだけで、何かを語っているようで、日頃聞きなれているのとは違う、印象
深い音。このピアノを通して、弾く人も聴く人も…平和について考えることで、自分を見つめ直
す。そんな時間になったと思います。知ることが平和への第一歩。生徒のみなさんの思い、すばら
しかったです。
・ピアノの演奏も、朗読(小松君の声のトーン、表情もとても良かったです!)も素晴らしかったです。自
然と涙がポロポロ出ました。調律師の矢川さんのお話にあった、不登校だった小学生が翌日から学校へ行こうという気持ちになれたお話や、病気で余命宣告をされていた方が被ばくピアノにふれることで病を克服されたというエピソードを聞き、被ばくピアノが持つ不思議な力を知ることができました。祖母が長崎出身で被爆手帳を持っていました。しかしながら、当時のことをあまり聞く機会がなかったので、今日このような時間をいただき、原爆のおそろしさ、悲惨さを改めて考えるきっかけとなりました。平和大使の青栁君の活動を、今後も陰ながら応援していきたいと思います。授業でも、この朗読を是非逗開の生徒全員に聞いてほしいなと思いました!参加して本当によかったです。ありがとうございました。
・ピアノの音が力強く、いつも聞くピアノの音より大きく感じました。ピアノがこの音を聞いて!
と叫んでいるようでした。
・息子をまだ広島に連れて行ったことがなかったのですが、生徒さんたちの最後のお話を伺い、とても感銘を受け、一度広島に連れていきたいと思いました。今回の企画の主旨はとても素晴らしいと思いました。又、それに賛同してピアノの演奏や朗読を披露してくださった生徒さんたちの気持ちにもとても感動いたしました、矢川さんのお話も、実体験からのお話も興味深く、平和に対するお話も大変共感いたしました。
・なかなか体験できないことを体験させてもらい、ありがとうございました。生徒の皆さんがこう
いうことに積極的に取り組んでいることを嬉しく思います。広島に行く機会があったら、被爆ピア
ノ資料館にも行ってみます。
・矢川さんの活動を知り、戦争のない世界を再び…諦めない事が大事というお言葉にはとても説得
力がありました。インターアクト部のみなさんの企画、準備力、会の内容と当日のスムーズな進行
も素晴らしかったです。ピアノと朗読も上手でした。当日欠席だった中尾さんの自作曲もきちんと
聴きたかっです。機会があれば…。みなさんピアノ演奏とても上手でしたが、得に中 1 の林君はす
ごかった…みなさん、これからがとても楽しみです、学業、部活と忙しいでしょうけど、ぜひ、頑
張ってください。ありがとうございました。
・被爆ピアノの企画、とても良かったと思います。最近、演奏を聴く機会がなかったのと、被爆に
あったピアノは、どんな音を奏でるのかと軽い気持ちで参加しましたが、平和や核兵器について考
える機会にもなりました。息子にも自分から参加して欲しいところですが難しいようなので授業と
して強制的に参加させるのもいいのでは…
・戦争、原爆といった言葉からつい目を背けがちでしたが、今回参加させていただき、生徒の皆さ
んの朗読で 80 年前の日常、そして“あの日”からどのような思いで生きて来られたのかを知ること
ができました。当時からほとんどの部品を変えていないという“被曝ピアノ”の奏でる音色は恐ろし
い光景を見たとは思えない程、明るく澄んでいて、生徒の皆さんの語りとピアノ演奏が心に染み入
りました。最後に生徒の皆さんの思いも聞くことができて、平和を祈る貴重な時間となりました。
・演奏も朗読も素晴らしかったです。ピアノを発明し、その音色に魅せられ様々な曲を作り演奏するのも人間ならば、核兵器を作り戦争をするのも同じ人間なのだということが、実感を持って胸に迫ってきました。それは、息子も通う逗子開成の、同世代の生徒の皆様が、今日のステージで演奏したり朗読したりしてくださったからこそ、直球で私の胸に迫ってきたのです。その意義は偉大です。皆様の準備と練習に心より敬意を表します。今日はありがとうございました。
・矢川さんのお話の中にでてきた「過去は変えることが出来ないが未来は変えられる」という言葉が心に残りました。平成生まれの生徒さん達が、それぞれ平和や核兵器などについてしっかりとした考えを持っていることがとても頼もしく思えました。
・戦争体験者や被爆当事者の方から直接お話を聞く機会が少なくなっていく中で、証言を朗読するという方法でも語り継ぐことができるのですね。それを次世代を担う若者がやっていることに、希望を感じました。今年は私自身、意識的に平和について考える機会を持ちましたが、皆さんのようには行動できていません。まずは周りの人と平和について話すことから始めてみようと思います。被爆ピアノを弾いた不登校のお子さんの話を興味深く聞きました。朗読とピアノ、矢川さんの講演という構成も良かったです。もっと多くの方に参加してもらえたら尚良かったです。
・広島で生まれ育った私は、幼い頃から原爆について学ぶ機会が多くありました。今回、このような企画があることを息子から聞き、参加できたことは大変貴重な経験になったと感じています。矢川さんが被曝ピアノをアメリカへ運ぶ際のお話では、反対の声もあった中で、それでも未来へ想いを届けようとされた決意に深く感銘を受けました。生徒の皆さんによる朗読と演奏からも、それぞれの想いがまっすぐに伝わってきました。ピアノの中の弦が当時のまま残されていると伺い、現在のピアノとは異なる、雫のように繊細な音色がとても印象的でした。心に残る時間をありがとうございました。
<被爆ピアノとは?>
原爆投下時 1945 年 8 月 6 日広島、8 月 9 日長崎で爆心地より約 3km 以内で原爆の爆風、熱線、放射能などの被害を受けたピアノのこと
<矢川光則さんの活動(矢川ピアノ工房 HP より)>
2001 年より(広島平和記念公園)被爆アオギリの前でコンサートを開催し広島の被爆二世の調律師とし
て被爆者より 6 台のピアノを授かり自前の 4 トントラックを運転し沖縄から北海道まで今まで 1500 カ所以上のお迎えを頂きました。
そして、2010 年 9 月に、はじめて海を越え、ニューヨークでまた、2017 年 12 月にはオスロ市でノーベル平和コンサートにお招きいただきました。原爆を乗り越えたピアノが奏でる音色は平和と地球を大切にする心をやさしく伝えていきます。