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【シネマ倶楽部】『ぼくの家族と祖国の戦争』鑑賞文

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【シネマ倶楽部】『ぼくの家族と祖国の戦争』鑑賞文

【シネマ倶楽部】『ぼくの家族と祖国の戦争』鑑賞文

12月10日に中学3年生、高校1年生が『ぼくの家族と祖国の戦争』を鑑賞しました。

(作品概要)

第二次大戦の終戦1ヶ月前、大混乱に陥ったデンマークに敗色濃厚となったドイツを脱出した20万人以上の難民が押し寄せてきた。当時のデンマークはナチス・ドイツの占領下に置かれており、受け入れ拒否の選択肢はない。デンマークの市民大学学長ヤコブも大勢のドイツ難民を学校に受け入れざるをえなかった。想定をはるかに超えた500人以上の難民を体育館に収容したヤコブは、すぐさま重大な問題に直面する。それは多くの子供を含む難民が飢えに苦しみ、感染症の蔓延によって次々と命を落としていくという、あまりにも残酷な現実だった。難民の苦境を見かねたヤコブと妻のリスは救いの手を差しのべるが、それは同胞たちから裏切り者の烙印を押されかねない振る舞いだった。そして12歳の息子もドイツ難民の女の子と交流を持ちつつあったが、彼女は感染症にかかってしまう。友達を救うべきか、祖国に従うべきか、家族は決断を迫られる。
日本人はもちろんのこと、デンマークの人々にとっても知られざる実話にインスパイアされた本作品は、人間が選択すべき「正しいこと」とは何なのかを問いかけてくる。もはや戦争が遠い過去の出来事ではない現在、自分だったらどうするか――

――目の前の命を救うべきか、見殺しにするのか――

  • 生徒の鑑賞文には映画の内容も含まれますのでご注意ください。

(S1G Eくん)

私はこの映画が伝えたかった事は、この世の残酷さ、物事の二面性ではないかと感じた。ドイツの占領下にあった時、レジスタンスはこっそりと行動していたが、ドイツが敗北すると主導権をにぎり、支配し始めて逆にドイツ軍側が虐げられていた。主人公の父親は「我々は正義だ」と作中で述べていた。何が正義で何が悪なのかは当事者によって変わってしまう。正義なんてものはこの世に存在するのかといった苦しみが上映中にずっと突きつけられているような気がした。ヤコブは当初ドイツ人は助けないと心に誓っているように見えた。しかし、その後はドイツ難民を助ける立場へ移動したかと思えば、レジスタンスによる暴行を受けた後は、家族のためもしくは自分のためでもあったかもしれないが、「正義」を捨て、「正解」を選択した。逆にセアンは当初は「正解」を選んだが、冷たく接した自分を助けてくれた少女と出会った後に彼の心の中の「正義」を選んだように思われる。一見するとヤコブが行った事は偽善でセアンが行った事が真の正義であるように思われる。しかし、そうではないのだ。どちらも正義であった事に変わりはない。

この議題は現代にも共通するのではないだろうか。数多くの戦争を経て世界は平和になったように思われる。けれど、まだ世界には多くの差別や紛争などが存在している。平和に見える世界のたった一部分の平和を生きているのが私達なのだ。私達は自らの正義を疑われることはないし、それにより差別されることもない。だから、せめて私自身の正義は正解ではなく、「正義」であってほしいと切に願わずにはいられなかった。