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風紀委員「逗子市中学生サミット」参加

2017/03/03

3月2日本校徳間記念ホールにて、「逗子市中学生サミット」が開かれました。
逗子中学校、沼間中学校、久木中学校、そして本校の4校が参加し、まちと自分たちの安全を守る方法を発表しました。

本校では中学3年生の風紀委員有志5名による「~守る~」と題した自転車を安全に乗るルールの発表。
彼らはほとんどの準備を自分たちで行いこの日に備えました。
少々のハプニングはありましたが、慌てることなく発表することができました。

またその陰には、2年前同じく中学3年生の時に発表をした今の高校2年生による音響や照明等のフォローもあったのでした。

当日の模様は
3月3日(金)18:30~
J:COMデイリーニュースで放送される予定です。

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生徒会・委員会活動

2016年度高3卒業式

2017/03/01

2017(平成29)年3月1日(水)午前10時より、平成28年度卒業式が体育館にて行われました。来賓、保護者、教職員、そして高校2年生が見守る中、高校3年生267名は、校長先生から一人一人、卒業証書を受け取りました。

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高橋純校長先生は式辞において、中1からの学校生活を振り返った上で、宮下奈都さんの小説の一節などを紹介されながら、人生における「選択」についてアドバイスされました。

2016年度高校卒業式式辞.pdf

来賓の方からもご祝辞をいただきました。立川理事長は、ITからIOTへの変化、人工知能やバイオテクノロジーなどの科学技術の進歩についてふれながら、社会における人間の果たす役割について話されました。鉄田PTA会長は、「信頼」という言葉や「シンギュラリティ」と逗子開成の学校生活を分かりやすく論じられ、卒業生へのこれからの期待を熱く語りかけられました。志村校友会会長は、イチローの言葉を引用されながら、現状を直視しうまくいかない部分を明確にしていくことがとても大切であることをアドバイスされました。なお、この卒業式のなかで行われた表彰では、『学校賞』『臼井賞』『振興会賞』が、学業成績が特に優秀だった生徒やクラブ活動で全国・関東・県大会で特に活躍した生徒に贈られました。中高6年間皆勤だった24名、また(6カ年皆勤者を除く)高校3年間皆勤だった20名に、1年間皆勤だった47名に皆勤賞がそれぞれ授与されました。


在校生を代表して、高校2年の新田舜介君が送辞を読み上げました。開成祭や応援団において高3生が果たした役割を紹介しつつ、サッカー部における高3生とのつながりを紹介してくれました。「先輩と永遠にサッカーをしたかったと本当に思っている。」というコメントとあわせて、高3生に対してエールを送りました。

卒業生答辞は高校3年熊澤学君が読み上げました。入学後の6年間を振り返るとともに、高校から入部した陸上部での経験、特に駅伝県大会時に得た教訓などについて話をしました。教職員や両親への感謝を述べつつ、逗子開成で学んだことを社会に還元していくことを使命とすることに言及し、話を結びました。

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2016年度卒業生 答辞.pdf


吹奏楽部が、送別の曲としてエルガー作曲「威風堂々」を演奏しました。
また、卒業生全員で「旅立ちのうた」を合唱しました。この曲は中1開成祭時合唱の課題曲。その時の歌声とはうってかわって、野太い声ばかりですが、6年間の成長を改めて感じずにはいられませんでした。

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さいごに卒業生は吹奏楽部の行進曲と大きな拍手で送られました。
体育館外では、各クラブの後輩たちが待ち構えており、エールや花束、胴上げの祝福を受けている姿が多数見受けられました。
卒業おめでとう!

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学校学年行事

逗子開成社会科学部×"かのや100チャレ"第3回発表会「最優秀賞」 

2017/02/26

2月19日(日)"かのや100チャレ"第三回成果発表会に、高1鈴木剛文・中3花村洋明・(中1齊藤義仁・中1宮崎悠生)が出場し、大隅線廃線跡の利用に関する提案、コテージ作成体験の提案をそれぞれ行い、逗子開成として「最優秀賞」をいただきました。

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かのや100チャレとは、正式には「首都圏の中高生が考える「鹿児島県鹿屋市が抱える100の課題」チャレンジ事業」といいます。鹿屋市に実際にある課題を首都圏の中高生が検討する、という全国的にも大変珍しい、非常に意欲的な取り組みで、首都圏の中高生が地域の現実と向き合うまたとない機会になっています。3回目の今回は、文教大学付属中学校・高等学校を会場として行われました。この発表会には、京華中高・早稲田高等学院・文教大付属中高・湘南学園中高・本郷学園中高と本校の合計6校が参加しました。大会では、鹿屋市役所副市長を含めて、計4名の市役所のみなさんが各校の提案を現場の視点で評価し、コメントを加えます。各校にはプレゼン20分に加えて質疑20分の合計40分が与えられており、質疑でもかなり手厳しい質問が各校からも飛び交います。

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抜群のチームプレーでプレゼンをまとめてきた学校
地域の課題に真っ正面から取り組み副市長をもうならせるほどの現実的な提案を行った学校

「語り」にとても秀でていた学校
現実的な取り組みをすでにスタートできている学校

など各校の特色がよくでている発表会で、本校生徒も大変刺激を得たようでした。そのような中で、本校の提案は、「国鉄大隅線ウォークラリー」「コテージ作成体験」の二つでした。大隅線という廃線跡の活用提案では、「大隅線跡を九州の聖地にする」という大目標を掲げ、そのための一つとして「廃線跡ウォークラリー」を提案したのでした。今まで、各地の事例を集めるとともに、現地の現状について質問を行い、その実現可能性について検討してきました。また、「コテージ作成体験」では、DIYやグランピングの流行などをふまえ、鹿屋ならではの提案ができるのではないかと検討してきました。ともに未熟な部分が多く、これからのブラッシュアップを重ねていくことが課題ですが、参加生徒は、発表内容について市役所の方々や他校の生徒さんからご意見をいただき、次回の発表へとつながる時間を過ごせたようでした。発表会終了後には、交流会が開かれ、「かのや紅はるか」の焼き芋をほおばりながら(とっても甘くておいしい!!)、参加者全員で交流を深めました。

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鹿屋市市役所のみなさんはじめ、当日の運営に関わられた皆さんに感謝です!

*また、平成29年2月22日付け・2月24日付けの『南日本新聞』においても当日の様子を取り上げていただいています。

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クラブ活動報告

校史余滴 第十二回 ああ壮烈 義人 廣枝音右衛門

2017/02/24

校史余滴
 第12回 ああ壮烈 義人 廣枝音右衛門

 廣枝音右衛門という卒業生がいます。太平洋戦争末期に自らを犠牲にして日本軍の台湾人兵士の多くの命を救ったと顕彰される人物です。

廣枝音右衛門は1905(明治38)年に神奈川県足柄下郡片浦根府川(現 小田原市根府川)に生まれ、1924(大正13)年に逗子開成中学校4学年に編入しています(編入前の履歴は残念ながら不明です)。2年後の1926(大正15)に卒業し、日本大学予科を経て、1928(昭和3)年に佐倉歩兵第57連隊に入隊、軍曹にまで昇進しました。満期除隊後、一時湯河原町で小学校教員を務めますが、1930(昭和5)年に台湾総督府巡査を志願し晴れて合格、台湾に渡りました。植民地台湾の治安維持にあたるだけでなく民生向上にも貢献したそうです。温厚な人柄で、部下のみならず島民からも慕われたと言います。

 太平洋戦争の戦線拡大により、軍属部隊である海軍巡査隊の総指揮官を拝命したのが1943(昭和18)年で、台湾の警官を中心に編成された約2,000名の隊員は12月マニラに到着し、治安維持にあたりました。ルソン島への連合軍の上陸が迫ると、マニラ海軍防衛隊が編成され、海軍巡査隊はその指揮下に入りました。1945(昭和20)年、連合軍がルソン島に上陸し、激戦が繰り広げられる中、海軍防衛隊は隊員に敵戦車への体当たりを命じたのです。

 2月24日、廣枝は部下に向けて次のように語り、拳銃で頭部を撃ち自決したのです。
「此の期に及び玉砕するは真に犬死に如からず 君達は父母兄弟の待つ生地台湾へ生還しその再建に努めよ責任は此の隊長が執る」

その後、廣枝の部下数百人が米軍に投降、約一年間の捕虜生活を経て故地台湾に生還しました。

 戦後、廣枝の部下だった台湾人警官らによって元台湾新竹州警友会が結成され、時を経て、1976(昭和51)年、台湾北部の苗栗県獅頭山に廣枝の位牌を祀りました。慰霊祭も毎年執り行われています。
 1977(昭和52)年には日本在住の有志らにより茨城県取手市弘経寺内廣枝家墓域に顕彰碑が建立されました。

 顕彰碑に刻まれた文章を掲載しておきます。

 ああ壮烈 義人 廣枝音右衛門
君は明治三十八年十二月二十三日神奈川県小田原に生まれ長じては東京日本大学に学ぶ昭和五年意を決し台湾警察に身を投ず頭脳明晰資性温厚而も剛毅果断 台湾島民の信頼殊の外厚し昭和一二年七月日華事変勃発続いて昭和一六年一二月大東亜戦争に拡大其の門銃後の守りに挺身昼夜の別なし昭和一八年一二月新竹州警部にして竹南郡行政主任たりし時台湾青年の海軍巡査を以て組織せる軍属部隊の長として比島に派遣さる部下への愛情深く慈父と仰がる されど戦況吾に利あらず遂に昭和二〇年二月米軍の上陸侵攻を受けるや吾に防御の術さえ無し軍の命令たる其の場に於いて全員玉砕すべしと既に戦局の前途を達観したる隊長は部下に対し「此の期に及び玉砕するは真に犬死に如からず君達は父母兄弟の待つ生地台湾へ生還しその再建に努めよ責任は此の隊長が執る」と一言泰然自若として所持の拳銃を放ちて自決す時に二月二四日なりその最期たる克く凡人の為し得ざる所
 宜なるかな戦後台湾は外国となりもこの義挙に因り生還するを得た数百の部下達は吾等の今日在るは彼の時隊長の殺身成仁の義挙ありたればこそと斉しく称賛し此の大恩は子や孫々に至るも忘却する事無く報恩感謝の誠を捧げて慰霊せんと昭和五一年九月二六日隊長縁りの地霊峰獅頭山勧化堂にその御霊を祀り盛大なる英魂安置式を行う
この事を知り得た吾等日本在住の警友痛く感動し相謀りて故人の偉大なる義挙を永遠に語り伝えてその遺徳を顕彰せんとしてこの碑を建立す
  昭和五二年一一月吉日 元台湾新竹州 警友会
    因に遺族は取手市青柳に住す

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遺徳顕彰碑と廣枝家之墓(取手市 大鹿山弘経寺)

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校史余滴

逗子開成を知る、一冊の書籍のご紹介

2017/02/23

逗子開成を知る、一冊の書籍をご紹介します。

今月刊行されたばかりの本です!

『志望校は校長で選びなさい。-偏差値ではわからない学校選びの新基準-』

沖山賢吾(沖山教育研究所所長 進学コンサルタント) かんき出版

10人の校長先生に焦点をあて、各学校の魅力のみならず、

各校長先生の半生にまで踏み込んでその魅力を探ろうと

された、今までありそうで、あまりなかった書籍です。

本校の高橋校長は、

「海で学ぶ。海を学ぶ。

独自の海洋教育で、

心身ともにつよいリーダーを育てる」

というタイトルで取り上げていただいております。

書店にてお手にとってみていただければ幸いです!!

*ご参考までに目次を掲げておきます

【目次】
はじめに
プロローグ 偏差値ではなく、リーダーで学校を選ぶ時代
○洗足学園中学高等学校(神奈川県川崎市) ― 前田隆芳校長
○聖光学院中学高等学校(神奈川県横浜市) ― 工藤誠一校長
○大妻中野中学校・高等学校 (東京都中野区)― 宮澤雅子校長
○三輪田学園中学校・高等学校(東京都千代田区) ― 吉田珠美校長
○逗子開成中学校・高等学校(神奈川県逗子市) ― 高橋純校長
○日出学園中学・高等学校 (千葉県市川市)― 堤雅義校長
○文化学園大学杉並中学・高等学校 (東京都杉並区)― 松谷茂校長
○目白研心中学校・高等学校(東京都新宿区) ― 松下秀房校長
○麗澤中学・高等学校 (千葉県柏市)― 竹政幸雄校長
○鷗友学園女子中学高等学校 (東京都世田谷区)― 吉野明校長
おわりに

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