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2017入学式

2017/04/08

4月7日(金)入学式が行われました。中1生280名・高1生276名が入学しました.

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式典では、校長先生・理事長先生・PTA会長からそれぞれお祝いの言葉がありました。 高橋校長は、茶道や武道における「守・破・離」という言葉の意味を説明しつつ、 これからの学校生活についてアドバイスを行いました。「開物成務」の意味について新入生に問いかけ、 その意味を考えて学校生活の指針にして欲しいと話を結ばれました。

続いて在校生代表として、生徒会長が歓迎の言葉を述べました。自分自身の入学時や在学中の体験を引き合いにだしながら、 四つのアドバイスを新入生にむけて送りました。出会いを大切にすること、自分のやりたいことを見つけること、さまざまなことに挑戦すること、保護者に感謝すること。 自分自身の失敗や考え方の変化についてわかりやすい言葉で語りかけてくれました。話の最後には、逗子開成の未来をつくっていくのはみなさんである、と話をまとめてくれました。

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そして、吹奏楽部がお祝いの曲 開成賛歌「海」を演奏し、閉式となりました。

閉式後は、自分自身のホームルームクラスへ保護者とともに移動し、担任の先生とはじめてのホームルームの時間を過ごしました。 3年間通っている高1生は、和やかな雰囲気でしたが、中1生は、終始緊張した面持ちが印象的でした。週明けから学校生活がスタートします。 そして、中1はすぐにセンター合宿。「開物成務」の気概も少しずつ学んでいくことでしょう。

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ホームルーム終了後も、正門と体育館前では、写真部の生徒達が日頃培った撮影技術をもとに、代行写真撮影や順番整理を行っていました。

ご入学おめでとうございます。

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学校学年行事

2017始業式

2017/04/06

4月6日(木)始業式が行われました。

新中1と新高1を除く、4学年が体育館に集います。

学校長から新年度を迎えるにあたってのアドバイスの後に、

新任の先生方が在校生に向かって挨拶の言葉を述べました。

明日はいよいよ入学式です。

桜の様子はいかがでしょうか?

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学校学年行事

模擬国連大会出場報告

2017/04/02

2月の大会に続き、3月には環太平洋大会(3月24~26)、渋谷学園渋谷高校と浅野高校共同開催の渋浅会議(3月30,31)が開催されました。環太平洋大会はその名の通り国内外から参加者が集まり国際色豊かなものとなり、英語を母語とする人、第二言語とする人が入り交じり、互いにコミュニケーションをとることに努力を払いながら切磋琢磨している姿が印象的でした。渋浅会議では約20校が集まり、今までにない大規模なものとなりました。 本校からは新中3から新高3までの生徒がそれぞれ約15名ずつ参加しました。渋浅会議では満を持して我らが2トップを含む新高2宮沢君と新中3菊田君のペアが最優秀賞新高2吉田君と新中3の尾山君のペアが議長特別賞を頂くことができました。 国際問題に対する議論は大変難しく特殊ですが、話し合いの基礎となるバックグラウンドペーパーと呼ばれる膨大なレポートの作成、議長の選出、会場の運営をしてくださった皆様のおかげで本校の生徒たちが活躍の場を頂けましたことに私共一同感謝しております。

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☆模擬国連の活動に興味のある皆さま  

本校は8月に行われる第一回全日本教育模擬国連大会(日本語)への参加者の募集、校内模擬国連の開催を予定しています。ご希望の方は英語科仲川までお声かけください。 今年度もよろしくお願い致します。

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クラブ活動報告
学習活動

校史余滴 第十三回 「第一回卒業式」

2017/03/24

校史余滴
 第13回 第一回卒業式

 逗子開成高等学校の卒業式は毎年3月1日に行われます。桜には早く、寒い日もありますが、かすかに春の気配が感じられる時期です。
今回は、記念すべき本校(旧制逗子開成中学校)の第一回卒業式を紹介します。
第一回卒業式が行われたのは設立から4年後の1907(明治40)年3月28日でした。前年12月に初代校長田邊新之助先生が辞任し、校長は、理科大学を卒業後、東京開成中学校で教えており、本校創設者の一人で、設立後は数学を教えていた太田澄三郎に代わっていました。校舎も増築され、徴兵令による認可(文部省による徴兵猶予の恩典)も受けました。卒業生は29名で正装の教職員とともに撮影された記念写真が残っています。
 交叉する日章旗を背景に、総員45名の男性が写っています。28名の学生服姿の若者は筒状に丸めた卒業証書を手にし、教職員である年輩の男性17名は正装です。
 卒業生には、自由民権家で松山英学校(後の松山中学校)を創設し、初代校長となった草間時福(1853~1932 後に官吏に転ず)の長男時光がいました。草間時光(1887~1959)は1916(大正5)年京都大学法学部政治学科を卒業後、民間での勤務を経て東京市に入り、京橋・日本橋区長を歴任。戦後、1951(昭和26)年には、日本社会党・日本共産党などの推薦を受け、鎌倉市長選に立候補し、初の革新市長に当選しました。任期は一期で1955(昭和30)年に退陣。父時福が水原秋桜子に師事した俳人だった影響もあり、時光も俳句をよくし、時光の子時彦(1920~2003)も俳人として著名です。軽部三郎は横浜保土ヶ谷本陣軽部家の人。慶應義塾理財科を卒業し、横浜市会議員をつとめました。歴史に非常に興味を持たれて、軽部家や地域のことも研究し、大正末の『横浜市史稿』や昭和に入ってからの『保土ヶ谷区郷土史』編纂にその成果が取り入れられているそうです。
 また、卒業生の中には武濬源・林涵という二名の清国からの留学生がいたことが注目されます。二人は共に天津私立第一中学校を卒業後、日本に留学し、第二開成中学校に入学しました。西洋列強の侵略により困難な状況にあった清国では、中国の伝統的な文化の基礎の上に立って西洋の学問技術を導入すべきことが唱えられましたが、武・林両君も西洋の学問技術を習得する近道として、日本に留学したのです。在学中の記録がないのは残念ですが、卒業後は共に東京高等工業学校(現東京工業大学)に入学しました。また、創立40年を記念して1943(昭和18)年に作成された校友会会員名簿の武濬源の職業欄には「天津直隷高工長」と記載されています(林君の欄は記載なし)。東京高等工業学校卒業後には帰国し、革命後の中国のために働いたのでしょう。日本との長期にわたる戦争をどう感じていたのでしょうか。

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  第一回卒業式(1907年3月28日)

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校史余滴

2017中学卒業証書授与式

2017/03/22

本日3月22日(水)中学卒業証書授与式が行われました。担任の先生が、クラス生徒全員の名前をよみあげ、一人一人が校長先生から卒業証書を受け取りました。

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校長先生からのお祝いの言葉のあとには、7名の卒業生が3年間の中学校生活で学んだことと将来への決意の言葉を述べました。

「人間学の授業で大学、将来のことを考えるようになった。」「部活の練習はつらかったが、楽しかった。」「中1では10mしか泳げなかったが、水泳の上達がうれしかった。」「学校が大好きだった。一人で出来ないことをみなで取り組むことを学んだ」「サッカーなしには語れない。サッカーを通してさまざまなことを学んだ」「失敗をくり返すことで、成長できた」「人前に出ることが苦手だったが、いまでは積極性を身につけることができた」「建築家になりたい」「医者になりたい」「国会議員になりたい」「小学校の先生になりたい」「宇宙開発に関わりたい」「科学者になりたい」「体育教師になりたい」


自分自身の言葉で学校生活をふりかえり、将来について語る彼らの姿を見ているとこれからの彼らの成長がとても楽しみになりました。
式終業後に、体育館外でみせるホッとした表情が印象的でした。

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