1.はじめに
「三菱自動車事件」とよばれる2000年7月と2004年6月に発覚した、三菱自動車工業、三菱ふそうトラック・バスによる一連のリコール隠し問題。本論文では、この「三菱自動車事件」がなぜおきたのか、そして今後、同様の事件を防ぐにはどうすればよいのかを明らかにしようとするものである。そのためにまず、三菱自動車事件の実態を把握するために、三菱自動車の軌跡をまとめる(第2節)。次いで、三菱自動車事件に関する報道から、三菱自動車の内部の様子を推測し、三菱自動車事件の原因を考える(第3節)。そして、米国のリコール制度との比較から、日本のリコール制度の問題点を考え、三菱自動車事件の原因を考える(第4節)。最後に、同様の事件を防ぐにはどうすればよいのかを検討する(第5節)。
2.三菱自動車の軌跡
1970年に、三菱自動車工業は三菱重工業の自動車部門から分離し、日本で最後発の自動車メーカーとしてスタートした。90年代前半には、パジェロが大ヒットし、95年には、トヨタ、日産につづいて国内乗用車市場で3位になる。しかし、96年には米国子会社でのセクハラ訴訟事件、翌97年には総会屋への利益供与事件が発生。そして、2000年7月18日、クレーム隠しが発覚。同年8月22日、三菱自動車が運輸省に最終報告。62万台をリコール届出。恒常的なリコール隠しの実態が判明。同年9月8日、運輸省が道路運送車両法違反(虚偽報告)の罪で三菱自動車本社を刑事告発。また、リコール隠し四件について、同法違反(リコール隠し)で東京地裁に過料通知。河添克彦社長が正式に辞任を表明、臨時取締役会で園部孝副社長の社長昇格が正式決定。同年10月4日、東京地裁が三菱自動車のリコール隠しについて過料を決定。4件、計800台分についてのリコール隠しを認定し、三菱自動軍に過去最高となる四百万円の納付を命じる。
2002年1月、三菱製の大型車でタイヤ脱落事故による死亡事故発生。三菱側は、運転手側の整備不良が原因と主張、リコールはおこなわない。2002年10月、クラッチハウジング事故による死亡事故発生。2003年3月、三菱ふそうトラック・バスが三菱自動車工業から分社化。2004年前半に、タイヤ脱落事故についてリコール隠しの疑いが濃厚に。同年4月22日には筆頭株主であるダイムラー・クライスラーが財政的な支援の打ち切りを発表。同年5月6日、国土交通省からハブ問題で警告書。大型車のタイヤ脱落事故で、三菱ふそう前会長の宇佐美隆容疑者ら7人を神奈川県警察本部などが逮捕。同年6月2日乗用車の過去の指示改修内容を公表。同年6月11日河添元社長逮捕。
三菱自動車工業では、リコール台数が16万台、改善対策台数が6万台、合計22万台になる。三菱ふそうでは、リコール台数がおよそ63万台になる。
3.事件の背景
まず、用語について説明したい。リコール・改善対策とは、国土交通省に事前報告し、顧客にはダイレクトメールで知らせ、修理を施す措置のことだ。指示改修とは、国土交通省に報告はせず、顧客にも報告はしないで、顧客が来店した際に必要箇所を修理する処置である。そしてリコール隠しとは、リコール・改善対策が必要なものを指示改修で済ますということだ。三菱自動車では、過去30年にもわたって組織的にリコール隠しがおこなわれていたのである。三菱自動車で、正しくリコールをおこなっていた場合にかかる費用は、およそ25億円。今回の事件でのサポートプログラムが93億円、販売会社への支援が160億円で合計250億円だから、10倍の費用がかかっているのだ。そして、プランドイメージの低下は計り知れない。なぜこのような自社の不利益になるリコール隠しがおきたのだろうか。
三菱自動車は、三菱重工の流れを汲む。三菱重工は戦前、ゼロ戦を生み出す高い技術力を持ち、「日本最大、そして最強のメーカー」(産経新聞取材班 2001,pp.259)とよばれた。その三菱重工の流れを汲むということは、自動車に「兵器」の設計基準を使うことを意味する。これが社員の自社技術に対する過剰なまでの自信と誇りを生み出すことになった。
その精神は、設計基準が改良された今でも、根本は変わっていない。その結果、「車に関して素人のユーザーからクレームがきても、まず『そんなはずはない』という発想になってしまった」(『ブランドはなぜ堕ちたか』2001,pp.261)
つまり、自動車という専門的な知識を必要とする商品を扱う会社であったことも原因となっているようだ。これについて、倫理的に考えると
「専門制」は企業目的を有効に達成する手段ではあるが、いわゆる専門家は自己の専門に関する事項にのみ関心を持ち、その専門制に固有の狭隘な視野から、あるいは自己の極端な情報の選択性を自覚せずあるいはまた自己の特殊な権能を一般化する傾向によって、倫理的に重要な情報を過小評価し、意識的にまたは無意識的に濾過してしまう傾向が一般的に見られる。(『企業倫理・文化と経営政策』 1996,pp.15)
また、パジェロのヒットによって、拡大路線をとった三菱自動車では、開発過程での品質テストがおろそかになったという声もある。
このように、もともと持っていた三菱自動車の企業風土に加え、パジェロの大ヒットが組織を弛緩させたということが単純に考えうる原因だが、これだけが原因ではないようだ。
- 「部門間の人事異動が乏しいため、相互チェックが働かない」
- 「三菱のディーラーは与えられたノルマをこなすだけで、接客態度もよくない」
- 「三菱重工や三菱電機などの三菱系企業から高値で部品を買わされている」
これらは、三菱自動車グループに最近まで勤めていた元社員による原因分析だ。(「週刊東津経済」 2004.5.15,pp.18 )
徹底した縦割り社会の形成、部門ごとの情報のかかえこみ、つまり官僚的な要素を強く持った会社であることをうかがわせる。これについては次のようにも述べられている。
「命令―服従」の組織構造においては、部下が自社の反倫理的情報を収集しても、それが上司の強圧的サンクションによって抑圧されたり、また上司がそれを故意に聞き流したりして既存の情報網から濾過してしまう可能性がある。(『企業倫理・文化と経営政策』1996,pp.15)
これを如実にあらわしているのは、2000年7月26日に、クレーム隠しの社内調査中間報告書を運輸省に提出したあとの三菱自動車工業社長である河添克彦(当時)がおこなった記者会見での出来事だ。記者の、リコール対象の車の中に、すでに修理を終えたものはあるかという質問に対し、河添に代わって答えた三菱自動車の担当者が、大型バスの不具合を運輸省に届け出ず、改修・修理したと答えたのだ。この事実を河添は知らなかったのだ。都合の悪い情報は社長まで届かないという、風通しの悪い社風が露呈することになった。
このような社内の様子だけではなく、三菱自動車を取り巻く環境も、リコール隠しの遠因となっていたようだ。三菱自動車は、三菱グループ企業幹部子息などの人材受け皿となっていて、優秀な人材が少なく、当然そのような環境では、優秀な技術者のモチベーションは下がる。また、三菱自動車は、三菱重工から分離したあとすぐに、クライスラーの資本提供を受けており、クライスラーはそのあと一時的に資本提供を解消したこともあるが、事件当時は筆頭株主であった。同時に、三菱自動車は三菱御三家と呼ばれる三菱商事・三菱重工・東京三菱銀行も株主に持っており、こうした経営の二重構造の中で、責任の所在が暖昧になったとも見られる。また、昭和40年代に次のようなことがあった。
(トヨタ、日産の牙城を崩すため)基礎的な研究・開発は三菱重工や三菱電機が担った。資金面では三菱銀行(現・東京三菱銀行)が、さらに海外展開にあたっては三菱商事の情報網が、三菱自動車の事業を支えた。だが、こうしたグループを挙げての強力な支援体勢が、いっしか三菱自動車の中に「三菱グループにさえいれぱ、どうやっても食べていける」という甘えを生むことになった。(『ブランドはなぜ堕ちたか』 2001,pp.268-9 括弧内引用者)
グループでの馴れ合い、相互不干渉の優しい企業風土。こうした要因が三菱自動車の競争意識を低下させ、さらには「外」から見た社員自身を自覚しにくくさせて、結果としてリコール隠しという倫理的判断能力の低下を引き起こしてしまったようだ。
4.日米のリコール制度
三菱自動車事件で浮き彫りになった問題が、リコール日本方式では限界があるのではないかということだ。日本のリコール制度には、クレーム情報を企業だけが独占的にもっているという構造的な問題が存在するのだ。そこで、日本が手本とした米国のリコール制度との違いを検証し、その問題点を見ようと思う。
リコール制度は、米国ではTREAD法(2000年11月成立)日本では道路運送車両法(02年7月改正)で規制されている。米国では安全上の欠陥があると自動車メーカーが判断した場合、五営業日以内に米高速道路交通安全局(NHTSA)に報告する義務がある。米国には日本の車検制度のような政府認証機関がなく、約70人の専門職員からなるNHTSAが実際に市販自動車を購入し、メーカーの判断を待たずに自力で検査を実施できる。また、メーカーは死亡・傷害事故データだけではなく、消費者からの苦情などの件数も四半期ごとに報告する。罰則は違反車一台につき5千ドル(総額で上限1500万ドル)、報告遅れは1日につき5千ドル(同1500万ドル)が法人に科され、さらに虚偽報告、報告隠蔽には懲役15年と罰金という重い刑罰も個人に科される。1966年のリコール制度発足から約25年間で、約1億5千万台のリコールの約半数はNHTSAが命じたものだった。
一方、日本の国土交通省リコール対策室の職員数は7人。米国と同様、保安基準に適合していないおそれがある場合などに国交省に報告するよう義務づけている。ただ、報告期限は早期にというだけで、明確なルールはない。罰則も命令違反や虚偽報告に対し、個人は1年以下の懲役と300万円以下の罰金、法人は2億円以下の罰金にとどまっている。独自の研究施設は持っていない。
メーカーの任意の届出によるという性善説的な日本方式では、国交省はメーカーが適正にリコール業務をおこなっているかを監督する役割にとどまってしまう。このリコール制度の有効性を疑問視する声は、各方面から上がっている。(「週刊東洋経済」 2004,3.27,pp.14-6;『ブランドはな皆堕ちたか』 2001,pp.307-17)
5.同様の事件を防ぐには
同様の事故を防ぐにはどうしたらよいか。簡単な答えは、リコール制度の強化である。国交省の担当者を大幅増員して、独自の検証機関を設け、クレーム情報を直接収集する体制を作ってそれを公開し、さらに独自に判断して強制的にリコールする制度にする。ただ、私個人としてはこれには反対だ。第一に、当然のことながら莫大な費用がかかる。そして次に、企業が動きにくくなる。つまり、トヨタや日産など、他の自動車会社が現行の法律でうまくやっているという現状を踏まえると、人数不足の解消などの最低限の強化は必要だと思うが、NHTSAのまねをするようでは、企業が動きにくくなり、経済が停滞するからだ。
そうすると、同様の事故の防止には、各企業がリコールを適正におこなうよう努力をしなければならない。では、もう少し具体的にはどうすればよいのだろうか。
情報の取り扱いに関しては、
- 「命令―服従」の階層関係、「専門制」、「部門制」にとらわれずに、情報収集に関しては、情報をもつ関係者が全員参画し、自己のイニシャティブを十分に発揮し、機能できる横断的でフラットな組織が、従来の公式組織(ライン組織)とは別個に形成されなければならない。
- その組織は理念的レベル、政策的レベル、管理的レベル、業務的レベルのそれぞれの階層において形成されなげればならない。
- 各レベルにおいて収集した情報はきわめて多義的であるから、それらの情報を企業の諸目的や手段に反映させるためには、情報を分析し評価して、倫理的に重要な情報を一義的なものとして確定しなけれぱならない。(『企業倫理・文化と経営政策』 1996,pp.16)
つまり、企業としては流動的な風通しのいい状態をつくりだすほうが危険を少なくできるということだ。しかし、倫理的行動を実践するのは従業員である。「人間は『機会要因』であると同時に、『リスク要因』(従業員は企業において利益を与えるチャンスを作り出す要因となり、あるいは企業に損失を与え、危険を招く要因ともなる)でもある」(『企業倫理・文化と経営政策』 1996,pp.100)ということも考慮すると、部門政策を重視するとともに、人事政策も重視しなければならないのではないだろうか。これについて、
従業員の価値表象、欲求、つまり従業員の利益を考慮する、いわゆる「従業員志向的人事政策」はそうでない人事政策よりも従業員の意欲の向上を通して能率を上げ、コストを削減することによっていわゆる経済性(収益性)を高めることができるのである(『企業倫理・文化と経営政策』 1996,pp.104)
とあるように、事細かな人事をすることによってモチベーションを保つことも、倫理観、自浄作用の向上には有効であるように思われる。
6.まとめ
現代の企業は、社会に対する反倫理的行動(リコール隠しなど)が発覚した場合に生じる不利益を無視できない状態にある。そのため、経営者は過去の経営学では考えられなかった倫理という課題に直面しているようだ。終身雇用制度の崩壊や、リストラで今後ますます難しい問題となりそうだが、企業には解決の努力をしてもらいたい。
また、今回扱った事件に対し、製造業に携わる方からは、批判的な声は少ないようだ。つまり、日本の企業には不正を隠しかねない体質が多く存在し、私たちの身の回りにある製品も危険をはらんでいる可能性があるということだ。この問題は、組織にいる個人の倫理観ということをふくんでいて、完全な解決は難しいだろう。だが私たちは、企業がいずれ解決するだろうという希望的観測をするだけではなく、解決への努力(個人の倫理観の向上)をすべきだと思う。
【参考文献】- 産経新聞取材班(2001)『ブランドはなぜ堕ちたか』、角川文庫
- 『週刊東洋経済』(2004,3/27,4/17,5/1〜8,5/15,6/5,6/12)、東洋経済新報社
- 鈴木辰治(1996)『企業倫理・文化と経営政策』、文眞堂
- 『NAVI』(October,2004)、二玄社
- 『Nikkei Business』(2004,1/26,3/22,5/3)日経BP社
